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2015年1月1日発行
 「去年今年(こぞことし)」という俳句の言葉があります。年が改まると今までの年がたちまち去年となって遠ざかり、来年が今年となって目の前に開けるという意味です。
 新しい年を迎え、皆さまにとっても「仏縁」を深める有意義な一年となりますよう心より念じております。皆さまのお参りをお待ちしております。
☆ 御正忌法要のご案内 ☆
 1月16日は、親鸞聖人のご祥月命日です。覚王寺ではそれに合わせて15日、16日の2日間、「御正忌法要」を勤めます。法要の休憩時間には、お汁粉や甘酒の接待もありますので、ぜひご参拝ください。
 また、1月14日の「おつとめの練習会」では、ご本山の本願寺で営まれる「御正忌報恩講法要」のインターネット中継を皆さんで見る予定です。こちらも、ぜひご参加ください。
−人生は、早いものね−
 先月(平成26年)最後のおつとめの練習会が行われ、ご和讃を練習したあとに、坊守達が用意してくれたお汁粉を皆さんで頂きました。(美味しかったです)
 食後の歓談の時に、ご門徒さんが「一年がたつのは早いものね、もう気がついたら80歳を過ぎました。大病もしたし、こんなに長生き出来るとは思いませんでしたよ。お汁粉のようなこんな甘いものは、戦争中は手に入らなかったわ。遊ぶものも手作りで、縄跳びは本当の縄を編んで作ったの。戦中・戦後と生きてきて・・人生を振り返ってみると、本当に早いものね」と話されました。仰るとおり、これからの5年・10年先は長く感じられますが、振り返る人生は、あっというまだったと思えるのかもしれません。ふと、自分の人生を振り返ると・・その歩んできた道はどうだったのか?と、思うことがあります。
 仏教では 「空過(くうか)」 という言葉があります。 「空しく過ぎてしまう」 という意味です。自分のこれまでの人生、精一杯生きてきたはずなのに、いったい何のために一生懸命生きてきたのか分からない?そして、そこに残っているものは 「空しい」 という思いだけだった・・。なぜ、そう思ってしまうのでしょうか。
 親鸞聖人は、ご和讃に「本願力にあいぬれば むなしくすぐる人ぞなき」と、おっしゃっておられます。
お念仏の教えに出遇うことによって、精一杯生きてきたはずの人生が、実はたくさんの方々に支えられてきたと、気づかされるのではないでしょうか。
ご門徒さん最後に、こういわれました。
「生かされてきた人生、だったわ」
悲しく辛いこともいろいろあったとしても、たくさんの方々に出会えて、「良い人生だった」と、思える生涯をおくりたいものです。